「SLに乗りたい」——子どもが鉄道に恋する瞬間

5月5日、こどもの日。家族連れで賑わうゴールデンウィーク後半、「どこかに連れて行って」という子どもの声に応えるひとつの選択肢が「SL列車」です。煙を吐き、汽笛を鳴らし、ゆっくりと走る蒸気機関車は、スマートフォンや動画に慣れた現代の子どもたちにとっても「本物の迫力」として強く記憶に残ります。

しかし、SLや観光列車を運行するローカル私鉄・第三セクター鉄道の経営実態は、決して楽観できるものではありません。普段の通勤・通学需要が薄く、観光シーズン以外の乗降客数は極めて少ない——それでも彼らが路線を維持し続けるのは、なぜなのか。今回は観光・SL路線の乗降客数データを見ながら、ローカル鉄道の「生存戦略」を考えます。

真岡鐵道——週末限定SLが支える第三セクターの経営

栃木県の真岡鐵道は、下館〜茂木間41.9kmを結ぶ第三セクター鉄道です。毎週土日祝日に「SLもおか」を運行しており、C11形蒸気機関車が牽引する列車は家族連れを中心に高い人気を誇ります。

👉 【乗降客数グラフ】真岡鐵道 真岡線

グラフを見ると、真岡駅付近でやや高い数値が現れるものの、全体的に各駅の乗降客数は非常に少ない水準です。これはSL列車の乗客が「SLに乗ること自体」を目的としており、途中の各駅での乗り降りが少ないため、乗降客数のデータには観光需要が十分に反映されにくいという側面もあります。

真岡鐵道は栃木県・沿線市町による補助を受けながら運営されており、SL運行による観光振興が地域への経済波及効果をもたらすことが、路線存続の根拠として機能しています。「赤字でも地域に必要な鉄道」という位置づけは、採算ではなく公益性で路線を評価する視点です。

秩父鉄道——SLと沿線多様性で生き残る

埼玉県の秩父鉄道は羽生〜三峰口間79.0kmを結ぶ中規模の地方私鉄です。「SLパレオエクスプレス」(C58形)を春〜秋の週末を中心に運行しており、長瀞の岩畳・秩父神社・三峯神社など沿線の観光資源と組み合わせた集客を展開しています。

👉 【乗降客数グラフ】秩父鉄道 秩父本線

秩父鉄道のグラフは、熊谷・行田市・寄居といった東側の都市部で比較的高い乗降客数を示し、秩父市内の秩父駅でも一定の数値が出ています。これは、観光客だけでなく沿線住民の通勤・通学需要もある程度存在していることを示しており、純粋な観光路線より経営基盤が安定している点が秩父鉄道の強みです。

SLという「非日常」の観光体験と、地元民の「日常」の移動需要を両立させる——この二重構造こそが、秩父鉄道が長期にわたって路線を維持できている要因のひとつと考えられます。

わたらせ渓谷鐵道——渓谷美とトロッコ列車で再生を図る

群馬・栃木の県境を流れる渡良瀬川の渓谷に沿って走る、わたらせ渓谷鐵道(旧・国鉄足尾線)。桐生〜間藤間44.1kmを結ぶこの路線は、沿線人口の少なさから廃線が議論された歴史を持ちますが、地元の強い要望で第三セクター転換を経て存続してきました。

👉 【乗降客数グラフ】わたらせ渓谷鐵道 わたらせ渓谷線

グラフを確認すると、起点の相老駅・桐生駅付近でのみわずかに乗降客数が高く、渓谷沿いの中間駅はほぼ横ばいで非常に少ない水準が続きます。しかし、「わたらせ渓谷トロッコ号」は紅葉シーズンを中心に家族連れや鉄道ファンに人気であり、予約が取れないほどの繁盛期を持つ一方、閑散期との落差が大きいという観光路線特有の課題を抱えています。

わたらせ渓谷鐵道は、車窓から渓谷の緑・岩・川を楽しめる景観の豊かさを最大の武器に、レストラン列車「わ鐵のごちそう列車」なども展開して単価の高い体験型観光への転換を図っています。

磐越西線——SL銀河が走ったJR路線の観光戦略

JR東日本の磐越西線は、郡山〜新津間175.6kmを結ぶ路線で、「SLばんえつ物語」(C57形)が春〜秋の週末に喜多方〜新津間を走ることで知られています。

👉 【乗降客数グラフ】JR東日本 磐越西線

磐越西線のグラフは、郡山・会津若松という両端の都市で高い乗降客数を示し、その間の山間部区間では一段と少ない分布になっています。会津若松は観光地としての知名度も高く、SL観光だけでなく会津若松城(鶴ヶ城)目当ての通年観光客も取り込んでいます。

JR東日本という大企業が運行する磐越西線は、第三セクターとは異なり基盤的な経営体力があるため、観光SLを「収益事業」としてではなく「沿線ブランディング」として位置づけられる余裕があります。この点は中小のローカル私鉄との大きな違いです。

SL路線に共通する「3つの生存戦略」

今回紹介した4路線のデータと経営実態を比較すると、観光・SL路線に共通する生存戦略が見えてきます。

① 「非日常体験」の希少価値を高める SL・トロッコ・レストラン列車など、他の交通手段では代替できない体験価値を提供することで、価格競争に巻き込まれない高単価なサービスを作り出す。わたらせ渓谷鐵道のごちそう列車や、各鉄道の季節限定運行がこの戦略にあたります。

② 沿線の観光資源と一体化する 長瀞(秩父鉄道)・渡良瀬渓谷(わたらせ渓谷鐵道)・会津(磐越西線)のように、鉄道単独ではなく沿線の自然・歴史・文化と一体化した観光圏をつくることで、「鉄道に乗ること」が旅の一部になる。

③ 地域の補助・支援を「公共財」として受け取る 採算だけで評価すれば廃線になる路線も、地域の移動手段・観光振興・文化保存という公益的機能を根拠に自治体の補助を受ける。これは「鉄道は公共財」という考え方の実践であり、昨日のみどりの日の記事で論じた「移動の権利」とも重なるテーマです。

こどもの日に鉄道に乗ることの意味

SLの汽笛を聞き、窓から流れる渓谷の緑を眺め、車内で家族と過ごす時間——こうした体験は、数字には表れにくいものです。しかしそれが「また乗りたい」という気持ちを育て、やがて鉄道を使い続ける大人を生み、路線の将来の乗降客数につながっていくかもしれません。